素人志向

備忘録

「中みそ」

既に調理された料理をお盆に載せて、ご飯とみそ汁なりを頼んでそのまま食べて帰りにに会計をする、そんな飯屋が最寄り駅の近くにある。

 

ありがたい24時間営業だから、人生に絶望したとき、そこそこ嬉しい事が起きた時、良いアイディアが思いつかず途方に暮れた時、どんな時でも自分を受け入れてくれる素晴らしい飯屋である。

 

早速今日もその飯屋に駆け込む。今日の仕事は頑張った。知らない技術をみっちり詰め込んだ。難しい資料も読んだ。何とかイメージを掴むことができた。頑張ったのだ。だから俺は飯屋に駆け込んだ。疲れた身体に白米をぶち込むのである。

 

おぼんに料理を載せて、厨房へと向かった。ご飯と味噌汁を頼むフェーズだ。

今日もいつもと変わらない「中みそ」にしよう。そう心に誓って厨房の前に立った。

 

「中みそ」というのは「ごはん中・味噌汁」の事である。店員に「ごはん中と味噌汁ください」と言うと、厨房に向かって「中みそ」と唱えるのだ。彼ら、彼女らにとっての効率化の一つだと思うが、何故かそういう類のものは魅力的に感じてしまう。

今まで恥ずかしい気持ちがあり、喉まで出かかっていた「中みそ」という言葉をぐっとこらえるのに精一杯だった。しかし、そこそこの頻度で通っているから店員にも顔を覚えられた頃合いだろう。勢いに任せて言った。

「中みそで」

 

どんな反応をするか正直楽しみだった。少し驚いた顔をするかもしれないし、笑うかもしれない。いや、笑うではなく嘲笑ったり苦笑するかもしれない。そんな反応をするのではなかろうかという淡い希望持っていたが、店員の姉さんはいつも通り厨房に向かって「中みそ~」と詠唱するだけであった。

 

今日選んだのは、ごはん中と味噌汁(中みそ)と唐揚げと明太子である。

ここの唐揚げは特別美味しい訳では無い。味は業務用冷凍食品みたいな味の唐揚げだ。ただ、その唐揚げを業務用レンジでアツアツにチンして、マヨネーズをぶっかけて食べると、何故か上品な唐揚げとは別ベクトルではあるものの、個人的に「最高に美味い」と言えるくらいには美味いのだ。

 

味覚的な美味というより、空っぽの胃にダイレクトに届くような味がする。加工食品に違いないが、何故か中毒性がある不思議な唐揚げなのである。ジューシーでも淡白でもない謎の唐揚げである。恐らく業務スーパーに売ってあるに違いない。

そんな唐揚げが、1年だか2年ぶりに本格的なプロジェクトで頭をフル回転させて働いている身には最高に美味く感じてしまうのである。

 

そして一番のポイントは「明太子」である。小さくてプリっとして愛らしい明太子ではあるが、ご飯に載せると一気にそのパフォーマンスを魅せつけてくれる。白く輝いた白米のみで唐揚げを喰らうのも悪くないが、この聖域ともいえようアツアツ白米の上に、この明太子を載せて、広げて、そして唐揚げと一緒にかきこんだ暁には、大抵の事は許せてしまう。

 

最近まで何食っても「そこそこ美味い」としか感じず、酒を飲んでも「そこそこ美味い」としか思えなかった。ただ、やはり労働というのは最高の食欲促進剤なのであろうか。普段から食っているなんてことの無い飯ですら極上のディナーの様に感じてしまう。極上は言い過ぎたが、そこそこ良い飯屋で飯食った時の満足感と同じくらいと言えば良いだろうか。

 

必死に喰らう。必死と書いたが、実際はそこまで必死ではない。ただ、心の中では心が躍っているのである。Have a dreamin' グリーディング この場の空気 中心 サークル 繋がるブギーである。

 


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気が付いた時には皿は全て空っぽになっていた。美味かった。お茶を飲んで一息ついてレジへと向かった。

 

今日もいつもと変わらないなと思ってた矢先、レジのお姉さんが少し間を置いてからこう言った。

「ポイントカード要りますか?」

 

10数回来て初めて「ポイントカード要りますか?」という言葉を聞いた。「中みそ」と言ってくる客がポイントカードを出してこないのはおかしいとでも思われたのか分からないが、内心ニコニコしていたのは否定しないでおく。